日本の茶摘み歌

茜のたすきをかけた伝統的な衣装での茶摘み風景

宇治、有東木、狭山、八女、椎葉。日本を代表する茶どころに伝わる茶摘み歌を紹介します。

01 京都・宇治「味木屋節(みきやぶし)」

天下の茶どころ、宇治。鎌倉時代からお茶文化と深く関わり、江戸時代には将軍への献上茶も作られました。そんな宇治の風土と歴史をゆったりと歌うのが「味木屋節」です。宇治の橋の名所とは、豊臣秀吉が宇治川の水を汲んで茶の湯に使ったと伝わる宇治橋の三の間のこと。「御代も治まる御物も積もる」という一節には、将軍家に献上される茶を育ててきた宇治の人々の誇りがにじみます。

ハー宇治は良いとこ(ソリャエト)
北西晴れて、東山風そよそよと
アー宇治の橋には(ソリャサ)
名所がござる、
お茶の水汲むこれ名所
御代も治まる御物も積もる、
なおも上様御繁盛

02 静岡・有東木(うとうぎ)

静岡市の山間部、有東木に伝わる掛け合いがにぎやかな一曲。おしゃべりに夢中でついつい手が止まってしまうお茶摘みさんたちに対し、指導役の「野良番頭」が仕事の能率を上げようと歌わせたのがこの歌です。一人が歌えば「ソーダニョー」と皆が囃し、「その唄返せ」と促されて下の句を繰り返しながら、皆で手を動かす。たすきがけの娘たちの弾む歌声が茶畑にこだましました。

忍びよづまさんとよー
とよ来るよー 水はよー
しげく呼びゃ来るよー
呼ばにゃ来ぬ
(オーサ ソーダニョー)
その唄よ かやせよー
しげく呼びゃ来るなー
呼ばにゃ来ぬ

静岡県富士市

03 埼玉・狭山

「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす」と称された狭山茶。主産地は現在の埼玉県南西部で、一大消費地
の江戸や輸出港の横浜に近い利点を生かして発展しました。かつて茶摘みを担ったのは近隣の集落から集まった若い女性たち。新茶のみずみずしさと彼女たちの活気が重なる調べからは、茶摘みが単なる労働ではなく、男女の出会いの場でもあった当時の青春の情景が伝わります。

そろうたそろうたよ お茶摘み娘
日傘かわりの姉さんかぶりよ
赤いたすきの十七、八がよ
お茶の若さよ 色香のよさよ
鬼も十八 番茶も出花
茶摘み娘の花ざかり
お茶の狭山か 狭山のお茶か
ここは武蔵野 お江戸に近い
狭山茶どころ 名のあるところよ

04 福岡・八女「八女茶山唄」

江戸末期から歌われているという「八女茶山唄」では、筑後弁の響きに乗せ、茶山で芽吹く男女の恋模様がまっすぐに描かれています。高級玉露の産地・八女には、九州各地から大勢の茶摘み娘が到来しました。彼女たちが摘み、男性の茶師が揉むという共同作業は「茶の縁」が生まれる絶好の機会。茶摘み歌であり、茶揉み歌でもあるこの曲は、過酷な労働を支えた情熱的な恋愛の歌でもあります。

ハァヤーレー 縁がないなら 茶山にござれ
(トコサイサイー)茶山茶どころ 縁どころ
(ハァ揉ましゃれ揉ましゃれトコーサイサイー)
ハァヤーレー 茶山戻りにゃ 皆菅の笠
(トコサイサイー)どっちが姉やら 妹やら
(ハァ揉ましゃれ揉ましゃれトコーサイサイー)
ハァヤーレー お茶を飲むたび
わしゃ思い出す
(トコサイサイー)茶山で結んだ 縁じゃもの
(ハァ揉ましゃれ揉ましゃれトコーサイサイー)
ハァヤーレー 茶摘みゃしまゆる
じょうもんさんな帰る
(トコサイサイー)あとに残るは てぼ円座
(ハァ揉ましゃれ揉ましゃれトコーサイサイー)
ハァヤーレー 今年ゃこれきり また来年の
(トコサイサイー)八十八夜の お茶で会おう
(ハァ揉ましゃれ揉ましゃれトコーサイサイー)

05 宮崎・椎葉(しいば)

宮崎県の県北地域では山に自生するチャノキを「山茶」と呼び、古くから暮らしの中で親しんできました。かつての人々はやかんを手に山へ入り、摘みたての葉を煮出して飲んでいたといいます。この歌は、椎葉村に伝わる季節の歌の
一つ「春節」。元来は春の野山へ出かけるときに口ずさむ歌でしたが、この村では春の山仕事といえば山茶の茶摘みが中心だったことから、次第に茶摘み歌として定着していきました。

何と摘めども
この茶は摘めぬヨー
ここの砂地の葉でいるじゃら
茶摘む茶摘むと茶の木の下に
寝床作りて様を待つ

参考:『日本民謡大観』(日本放送協会)、中村羊一郎著『茶の民俗学』(名著出版)、特定非営利活動法人山村塾「八女茶山おどり」

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