
ダージリンの茶摘み風景
新緑の季節になると、ふと口ずさむ歌があります。「夏も近づく八十八夜ーー」。
これは、明治45年に発表された文部省唱歌の「茶摘み」です。教科書を通じて日本中に広まったこの歌は、私たちの心にある茶摘みの原風景を形づくってきました。
しかし、お茶の歴史は唱歌の誕生よりもずっと古く、産地の数だけ物語があります。かつて日本の茶どころには、茶摘みの季節になると周辺の集落から十代や二十代の出稼ぎの女性たちが集まりました。家計を助けるために来た人もいれば、それほど困窮していなくとも地域の慣習として送り出された人もいましたが、いずれにしても、彼女たちにとって茶摘みは親元を離れ、同世代の仲間と寝食を共にする楽しみ半分の旅でもあったようです。
陽光うららかな5月の茶畑で、早朝から夕方までお茶を摘んでいると思わずウトウトとしてしまうことも。女性たちが眠気に打ち克(か)ち、単調な作業を楽しむために紡ぎ出したのが「茶摘み歌」でした。
即興の才がある「歌出しさん」が口火を切り、まわりが「やれ、そうだえ」と囃(はや)したてる。その歌詞には、風土を讃える言葉や、摘み方のコツを伝える指導的な内容、さらには日々の暮らしの不満などが歌われています。
また、若い女性たちが大挙して訪れるのですから、地元の若者たちが色めき立つのも無理はありません。茶摘みを通じて結ばれた夫婦は「茶縁(ちゃえん)」と呼ばれました。お茶にまつわる小さな歌に恋愛を歌うものが多いのは、茶畑が当時のみずみずしい恋の舞台でもあったからなのです。
同じように、海の向こうの茶畑でも、働く人たちが声を合わせ、リズムを刻んできました。茶摘み歌には、その土地や暮らしがそっと織り込まれています。
今月は、世界の茶畑に息づく〝歌〞をめぐる旅へ。一杯のお茶の香りの向こう側に響く、豊かな歌声に耳を澄ませてみてください。
LUPICIA Tea Magazine
