特集「ラプソディ・イン・お茶」

1610年、お茶は日本の平戸からオランダのアムステルダムに渡り、やがて、さまざまな階級、職業の人々をとりこにしていきます。ヨーロッパでの「お茶狂騒曲(ラプソディ)」は、なぜ、巻き起こったのか。東京大学名誉教授、東京カレッジ長の羽田正先生に地域や国のつながりに視点を置いた、お茶ヒストリーをお聞きしました。

※この特集では、原則的に緑茶、紅茶を区分けせず、お茶としています。

東京大学名誉教授 東京カレッジ長
羽田 正先生
Haneda Masashi

1953年、大阪市生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。パリ第3大学で博士号取得。世界史専攻。東京大学東洋文化研究所所長、東京大学理事・副学長などを経て、2019年名誉教授。同年から現職。主な著書は、『勲爵士シャルダンの生涯』(中央公論新社)、『興亡の世界史(15) 東インド会社とアジアの海』(講談社)など、多数。

お茶とは、何ですか?

シャルダンへの9つの質問

パリとペルシア、インドを行き来していたフランス人宝石商人、ジャン・シャルダンは、1671年、ある紳士からアジアに関する100以上の質問を託されます。

シャルダンはペルシア旅行記の著者、イギリス東インド会社の大株主、英国王から爵位を得た人物と、稀有な経歴を持ち、羽田先生が情熱を注いだ研究対象でもあります。質問にあるお茶に関する9問とその回答の特徴的な部分を羽田先生はこう説明します。

オランダ東インド会社の帆船貨物船のレプリカ(アムステルダム号)

「質問は、お茶とは何ですか?に始まり、お茶は中国のどこでも生育するのか、どの地方のお茶が最も高品質か、どのように運ばれ、服用されるのか、日本では生育するのかなどと続きます。シャルダンは、茶葉の量やいれ方を詳しく説明し、茶器も紹介しています。また、色はレモン色に近いと答えていて、ここからお茶とは緑茶を指していることがわかります。日本でももちろんお茶は生育し、日本産は他と比べものにならないくらいおいしいとも力説しています」

羽田先生は、中でも面白い質問として「フランスで飲むのと、東インドで飲むのでは効用は違うか」を挙げます。

「当時は、ヨーロッパの人はアジアの人より体が湿っていて冷たいと考えられていました。シャルダンも同じ認識を持っていたようで、ヨーロッパの人は、暑い東インドではヨーロッパとは違う飲み方をしなければいけないと回答しています」

フランスの図書館に残っていたジャン・シャルダンの報告書の校訂版、『アジアにおけるお茶と薬種のよい使用法』。同書では、お茶に関する質問がP65~71に掲載されている。

校訂イナ・バグディアンツ=マッケイブ、2002年発行。

特集「ラプソディ・イン・お茶」

なぜ、ヨーロッパの人はお茶にそれほどまでの関心を持ったのでしょうか。

ラプソディ・イン・お茶「アジアは憧れだった」

羽田先生は、当時のヨーロッパの人はアジアに憧れを抱いていたと語ります。

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ラプソディ・イン・お茶「ラプソディ・スケッチ」

希少価値が高いお茶をどう取り扱い、どう楽しんだのか。
17世紀から18世紀のヨーロッパの風景をご紹介します。

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