
特集「贈りもの語り。」目次
贈りものはこころを語る
「もの」が持つ魅力はさまざまですが、ことさら、「贈りもの」には、単なる「もの」を超えた、心の交流があります。たとえば、気持ちを形にできる-言葉では伝えきれない「ありがとう」「おめでとう」「大好き」などの気持ちを、贈りものが代弁してくれます。また、記憶に残る瞬間をつくる-何気ない日常でも、贈りものがあるだけで特別な思い出に出会えます。包装を開ける瞬間のワクワク感も含めて、しっかりと心に刻まれるでしょう。さらに、人との絆を深める-相手の好みや生活を考えて選ぶ贈りものには、「あなたのことを思う」という気持ちも伝わり、お互いの関係がより深まります。そして、贈った自分自身も幸せになる-相手の喜ぶ顔を想像しながらギフトを選ぶ時間は楽しく、実際に喜んでもらえたときの満足感は心を豊かにしてくれます。
今回の特集では、そんな贈りものの起源や、楽しみ方まで、日本の贈答文化を紐解きます。
はるか古代に生まれた 贈りもののこころ
縄文時代に始まった「贈る」という文化

日本の「贈りもの」の文化は、今から1万年以上前の縄文時代にすでに始まっていたと考えられています。縄文時代の人々は、狩りや魚とり、木の実や山菜の採集などをして暮らしていました。そんな生活の中で、仲間とのつながりを大切にする気持ちが育まれ、「贈る」という行為が生まれたのです。
人々は、集落で集団生活を営む中で、仲間と食べ物を分け合ったり、道具を貸し借りしたりすることは、ただの助け合いではなく、相手への思いやりや感謝の気持ちを表す「贈りもの」としての意味がありました。狩りでとれた獲物を仲間に分けることは、「ありがとう」や「これからもよろしくね」というような、気持ちを伝える方法のひとつでもありました。
また、縄文時代には「黒曜石」や「ひすい」などの美しい天然鉱石を使ったアクセサリーが作られていました。これらは自分で使うだけでなく、遠くの集落と交換したり、特別な人に贈ることもありました。こうした交易品は、必要な物資のやりとりを通して、信頼や友情を深める役割として機能するようになったともいえるでしょう。
さらに、縄文人は「土偶(どぐう)」という人形を作っていました。これは病気の回復や安産などを願うため、身代わりとして家族や仲間に贈ることもあったと考えられています。縄文時代の贈りものには、今以上に「精神性」が表れていたのかもしれません。
貴族社会の「贈答文化」

平安時代の日本では、貴族たちが政治や文化の中心にいました。この時代の人々は、贈りものを通して相手への敬意や親しみを表しました。贈りものは、ただ物を渡すだけではなく、心を伝える手段として用いられていたようです。
たとえば、宮中での行事や祝い事では、豪華な衣装や美しい工芸品などが贈られました。また、この頃に始まり、現代まで残る贈答に「引き出物」がありますが、当時、お客さんに馬を庭先へ「引き出して」見せて贈ったことが、その起源だといわれています。これらは、贈る人の地位や教養を示すと同時に、相手への思いやりを表すものでした。
贈りものには、渡すタイミングや品物の選び方など、細かい決まりがありました。これらのマナーを守ることで、相手に対する礼儀を示すことができました。つまり、贈りものは人間関係を円滑にするための「心のことば」だったと言えるでしょう。
武士社会の「贈答文化」

武士たちは、主君や仲間に対して、刀や馬、布などを贈ることがありました。これは「忠義(ちゅうぎ)」や「感謝」の気持ちを表すためです。主君もまた、家来に褒美として土地や品物を与えることがありました。こうしたやりとりは、上下関係をはっきりさせるだけでなく、お互いの絆を強める役割もありました。
また、戦のあとに敵の武将の首を主君に見せるときにも、首に立派な布を巻いて「贈りもの」として渡すことがありました。これは、武功の証明だけではなく、礼儀を重んじる行動だったのです。
このように、武家社会でも「贈りもの」が人間関係を築くための大切な手段でした。ものの価値と同様に、気持ちを伝えることが重視されていたのです。
江戸時代、贈答は庶民のものへ

江戸時代になると、平和な時代が続いたことで人々の生活にゆとりが生まれました。その中で、感謝やお祝いの気持ちを伝える「贈りものの文化」が庶民の間にも広まっていきました。
たとえば、商人は取引先にお中元やお歳暮を贈ることで、良好な関係を保とうとしました。これは、半年間の感謝を込めて品物を渡す習慣で、今でも続いています。また、親しい人に季節の食べ物や特産品を贈ることもありました。こうした贈りものは、相手との絆を深める大切な手段だったのです。
庶民の間では、祭りや年中行事の際に、家族や近所の人に贈りものをすることもありました。たとえば、お正月にはおせち料理を持ち寄ったり、旅のおみやげを配る習慣がありました。これらは、相手を思いやる気持ちから生まれた行動です。
贈りものには、品物だけでなく、心を込めた言葉や礼儀も大切にされました。包み方や渡し方にも気を配り、相手に失礼のないようにすることが、江戸の人々の「粋(いき)」な心遣いだったのです。
江戸時代の贈りもの文化は、庶民の生活の中で自然に育まれ、今の日本の贈答習慣のもとになっています。
思いを贈る

このように、日本では古代から、贈りものを通して気持ちを伝える文化が育まれてきました。それは日本の伝統的な習慣に限らず、気持ちを伝える日常の習慣として、誕生日やクリスマスのプレゼントなど様々な行事において、さらに現代ではSNSで気軽に贈るギフトなど、多様に広がり続けています。
大切なのは、ものの価値よりも「相手を思うこころ」です。贈りものは人と人をつなぎ、思いやりを育てる大事な手段です。どんな形でも、気持ちを込めて贈ることが大切なのです。
参考/『縄文の生活誌』岡村道雄(講談社学術文庫)、『縄文人の世界』小林達雄(朝日新聞出版)、『贈答の日本文化』伊藤幹治(筑摩書房)、『日本人の贈答』伊藤幹治・栗田靖之(ミネルヴァ書房)、『武士の家計簿』磯田道史(新潮新書)、『日本の歴史をよみなおす』網野善彦(筑摩書房)、『道具と暮らしの江戸時代』小泉和子(吉川弘文館)
≫【お詫びと訂正】「おたより。」2025年12月号P05参考文献について
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