「知る・遊ぶ」 紅茶のQ & A

11月1日の「紅茶の日」にちなんで、ルピシア ティースクールのミニ誌上講座を開催!!
紅茶の起源から英国、ロシア、フランスとの関わりなど、世界の紅茶の歴史を冒険してみませんか?

監修・講師 :
東京・青山 ルピシア ティースクール
日景先生 小河原先生

こんにちは、私たちはルピシアティースクールです。お茶やルピシア初心者の皆様はもちろん、様々な紅茶を知り尽くした愛好家の方々にも、ティータイムがより面白くなるお話を一緒に楽しんでいただければ幸いです。

Q1「紅茶のはじまり」って?

例外はありますが、紅茶はチャノキの若葉を発酵(完全酸化発酵)させて作ったお茶。またその茶葉を浸出した飲み物の総称です。

諸説ありますが、紅茶の原型は17世紀前半の戦乱続く中国福建省の茶園が点在する深い山の中で誕生したといわれます。ある時、緑茶の製茶作業中の民家を軍隊が占拠し、寝泊まりした後に去っていく出来事がありました。加工途中のまま放置された茶葉は、褐色から紅色に変化していましたが、捨てるのは惜しいと仕上げ作業を施したところ、意外にも英国など海外向けに輸出を行う茶商によって高く評価され、高額で売れたことが起源だと、武夷山星村(ぶいさんせいそん)の茶農家に伝承されています。

偶然に誕生したこのお茶は、当初は果実のような香気の優しい味わいでしたが、後に松の薪(まき)などで燻(いぶ)して付けられた燻製香による力強い味わいの銘茶に進化。現在も正山小種(ラプサンスーチョン)の名称で親しまれています。

≫ 正山小種(ラプサンスーチョン)

中国・福建省武夷山で作られる正山小種(ラプサンスーチョン)の現在の茶葉と産地の石碑。

Q2「紅茶の日」とは?

11月1日の「紅茶の日」は1983年に日本紅茶協会が定めた記念日です。1791年11月にロシア・サンクトペテルブルクの宮廷にて、海難事故により漂着した伊勢国(現在の三重県)出身の大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう)が、ロシアの女帝エカテリーナ2世に帰国を求めて謁見。その際に茶会に招かれ、日本人として初めて紅茶を飲んだとされる故事に由来します。

公式記録は残されていませんが、当時のロシア宮廷のお茶会は、果実のシロップ煮やレモンなどが添えられた最高級の中国紅茶と、プリャーニキ(スパイス入りの焼き菓子)やブリニ(ロシア風パンケーキ)などをお茶請けとする、贅沢なものだったと思われます。

≫ 「紅茶の日」記念のお茶「エカテリーナ」

ロシア風ティースタイル

Q3「アールグレイ」とは?

英国首相を務めたチャールズ・グレイ伯爵(1764〜1845)に由来するアールグレイは、紅茶に柑橘の精油で着香した元祖フレーバードティーです。諸説ありますが、1830年代頃にグレイ伯爵がロンドンの茶商に、住居のある北部の硬水でも風味が出やすい紅茶を注文した際に作られた、イタリア産ベルガモットで香りづけしたレシピが起源とされます。

英国にとってこの1830年代は、中国紅茶の独占から英国による紅茶製造に至る過渡期でした。英国東インド会社が中国との貿易独占権を失い、中国茶の安定供給が難しくなったことを背景に、英国は植民地インドでの茶業を開始。1838年に初のアッサム産紅茶が出荷されたことを皮切りに、インドやセイロンなど各地で次々と紅茶栽培が開始されます。

≫ ルピシアのアールグレイ

ブレンド茶葉が主流の英国紅茶文化では、果実の精油を加えた着香紅茶であるアールグレイは長らく例外的な存在でした。肖像画はグレイ伯爵。

Q4 おすすめの産地は?

紅茶の魅力を手軽に学ぶのに最適な産地は、ずばりセイロンです。

インド洋に浮かぶ、北海道をひとまわり小さくしたサイズのセイロンは、19世紀後半から20世紀にかけて、インドで確立した英国紅茶の大規模プランテーションの主要拠点となった熱帯の島国。現在も標高の低い平地から最高2400mの高地まで無数の茶園が点在しています。約150年前から続く伝統製法から近年主流のCTC製法まで、多くの種類の紅茶を様々な品種で作り続けている、まさに生きた紅茶の博物館です。

ちなみに1972年以降の正式国名はスリランカですが、現在も紅茶産地としてセイロンの名称は公式に使用されています。

≫ おすすめのセイロン紅茶

セイロン高地の紅茶は季節風の影響によるクオリティーシーズンも魅力のひとつ。7~9月頃に旬を迎える名産地ウバのウバハイランズ茶園にて。

セイロン紅茶をもっと知るならお茶専門店によるビジュアルブックはいかが。貴重な現地写真や歴史資料とともに、近年改定された「7つの紅茶産地」などについてご案内します。
≫ 世界のお茶専門店ルピシア編「お茶の国を旅する 光の島、セイロン」

Q5 「フレーバードティー」の歴史を知りたい

紅茶などの茶葉に果実や花、香料などで風味づけをした、ティーカップの中の芸術ともいえる現代の「フレーバードティー」。その歴史をたどると、18世紀末に大黒屋光太夫がロシア宮廷で飲んだ紅茶につながる1本の線が見えてきます。

英国人が砂糖とミルクを加えた紅茶に夢中になっていた時代、極寒のロシアでは全く異なるお茶文化が育っていました。サモワールという湯沸かしのついた茶器を使い、果実のコンポート(ヴァレーニェ)や、南方のレモンやスパイスをお茶のアクセントとして合わせる文化が定着していたのです。19世紀末にはアールグレイをベースに、花々やハーブ、バニラなどで着香した紅茶が誕生し、上流階級に普及しました。その後、1917年のロシア革命を経て亡命したロシア貴族は、フランス・パリに故郷の「お茶に香りをまとわせる」文化を持ち込みます。

サモワール:
暖房器具を兼用する伝統的な茶器。

やがて1960年代以降、果実や花々の香気成分の分析技術の向上に伴う様々な食品用香料の開発とともに、フランスなどで紅茶にリンゴの香りをつけたアップルティーが生み出され世界中で大流行します。そして1980年代から2000年代にかけて、ルピシアを含めたお茶会社は、自由な発想によるフレーバードティーを次々に発表。現在の華やかな紅茶文化を開花させました。

◆◆◆

一般に英国中心に考えられている紅茶文化ですが、それはストレートティーとミルクティー向けの茶葉を基軸としたトラディショナルなスタイル。実は亡命ロシア貴族とフランス・パリの食文化が融合して花開いたのが、現在のフレーバードティーの起源だと考えると、とても興味深いですね。

≫ ルピシアのフレーバードティー


ルピシア ティースクール

世界のお茶を楽しむ・学ぶをテーマに多彩な講座を開講するお茶の学校です。ぜひ、お気軽にご参加ください。

≫ ルピシア ティースクール