特集「いっぷくのお話し」

画像:鈴木春信画「おせん茶屋」(1764~1772頃)では、江戸・谷中の笠森稲荷の前にあった茶屋の看板娘お仙が一服のお茶で客をもてなす様子が描かれている(資料提供:たばこと塩の博物館)

「一服いかがですか」


そう言ってお茶をすすめられたことはありませんか。
通常、飲み物は「一杯」と数えますが、茶道ではお茶を「一服」と数えます。
また、お茶だけでなく、煙草を吸うことや、仕事の合間にひと休みすることも「一服する」といいます。
なんだかほっとする身近な言葉ですが、そもそも、なぜ「一服」というのでしょうか。


今回は、ちょっと気になるいっぷくのお話しを少し。
教えてくれたのは、お茶の文化や歴史に詳しい嶋吉宗由(しまよし そうゆう)さんです。

「服」という字の成り立ち

まずは、「服」という漢字の成り立ちから考えてみましょう。体に着用する「衣服」というイメージがある字ですが、なぜ「飲む」行為も指すのでしょうか。

「もともと『服』という字は、舟べりにぴたりと付ける横板を指す文字だったらしいんですね。ぴたりと付ける、という意味が転じて『身に付ける』という意味が生まれたといいます」と宗由さん。

「服」は「わたし舟」の象形に、「ひざまずく人」と「右手」の象形が合わさった会意文字。「舟べりにぴたりと付ける横板」を意味し、転じて「身に付ける」「従う」などの意味が生まれた
※諸説あり

「古代中国で編纂(へんさん)された地理書『山海経(せんがいきょう)』には、薬草などを衣服のように体にまとい邪気を防ぐことを『外服』、体の内側に入れて邪気を防ぐことを『内服』と呼んだという記述があります。この流れから、漢方薬を『服(ふく)する』『服(の)む』と言うようになりました」

一回分の薬を飲む=一服。それが「一服」という言葉の最初の意味でした。

なぜお茶が「一服」なのか歴史をひもとく

では、お茶を飲むことがなぜ「一服」といわれるようになったのでしょう。その歴史は、はるか平安時代までさかのぼります。

遣唐使や最澄、空海といった僧侶たちは、唐から政治・経済の制度や密教とともにお茶を持ち帰りました。

「お茶は薬として日本にもたらされました。同じ時期に服用という概念も輸入され、お茶を飲むことを『服する』と言うようになったと考えられます」

当時のお茶は非常に貴重で、貴族や僧侶など特権階級だけのもの。一般に広まることはなく、やがてお茶の文化は一度廃れてしまいました。

ふたたび日本にお茶が伝わったのは鎌倉時代のことです。日本の臨済宗の祖である栄西は宋に渡って禅を学び、お茶を持ち帰っただけでなく、日本初の茶の専門書『喫茶養生記』を著してその効能を説きました。二日酔いに苦しんでいた将軍・源実朝に栄西がお茶を献上し、回復させたという逸話も残っています。

薬として珍重されていたお茶は、次第に嗜好品としての飲み物に変わり、やがて茶道が誕生することに。

「茶道は中国の陰陽五行や禅の考え方に学びながら、季節感や神道も取り入れた日本特有の芸術。南浦紹明(なんぽじょうみょう)が宋から台子(だいす)という棚と皆具(かいぐ)という茶道具一式を持ち帰ったことから始まり、村田珠光が提唱した侘び茶を武野紹鴎(たけのじょうおう)や千利休が大成させました。その後、時代に応じて変化していったものが今日の茶道です」

自身で設計した茶室「叶庵(かなえあん)」で、お茶を点てる宗由さん。床の間に飾られた掛け軸、季節の花、夏を感じさせる茶器、釜の湯がたぎる湯相(ゆあい)の音、窓から差し込む日差し、この空間のすべてが、「一服」を味わうためにある

茶道における「一服」は、「時間を服む」ことだと宗由さんは考えています。 

「茶室という空間で、掛け軸やお花を見る。畳の感触を確かめ、釡にお湯がたぎる音を聞く。季節を感じながら、お茶やお菓子をいただく。こうした五感を使った一連の流れが茶道における『一服』です。空間そのものを味わって、自らが過ごしている時間を体の一部にしていくということなのではないでしょうか」

お茶を「一服」と数えるのは日本独自の文化

宗由さんによると、中国語には「一服のお茶」という表現はないそうです。

「中国では漢方薬の数え方として『一服』という表現はありますが、お茶の数え方としては使わないようです」

中国でのお茶の数え方はコップやグラスで飲む場合は「一杯」。茶碗や蓋碗で飲む場合は「一碗」が一般的です。

 「日本でもそうですが、『一杯』や『一碗』というと、器に入った液体をその器単位で数えていることになります。一方、茶道での『一服』は液体そのものというよりも、茶室でお茶をいただく行為を重視します。だから、『一杯、二杯』ではなく、『一服、二服』が使われているのではないかと思います」

飲み物ではなく、行為を数える。そこに、日本独自のお茶の文化が凝縮されているのかもしれません。

「一服=休憩」は煙草の普及とともに広まった

日本でお茶文化が広がっていった頃、海の向こうからもう一つの「一服」のきっかけが到来しました。煙草です。安土桃山時代から江戸時代にかけての南蛮貿易によって日本に伝わった煙草は、江戸中期になると庶民の間で大きく広まります。

「煙草も薬として伝来したため、『一服』と言うようです。やがて嗜好品として親しまれるようになると『煙草入れ』を携帯して吸う人が多かったようです」

「つづれ錦竹に流水模様腰差したばこ入れ」
黄緑地に、紺の竹に金と白の流水を配したつづれ錦の女性用の煙草入れ(資料提供:たばこと塩の博物館)

二代歌川豊国画「樵婦(しょうふ)」(1834頃) 樵婦とは、樵(きこり)の女性という意味で、山に入り、薪などを集めて売ることを生業とした女性のこと。薪を売り歩く道中、キセルで一服する姿が描かれている(資料提供:たばこと塩の博物館)

煙草入れはキセルや煙草を一つにまとめて、いつでもどこでも、「一服」できるように携帯するための道具で、様々な装飾に彩られ、近世から近代の装身具としても注目されています。

「煙草の流行とともに、街のあちこちに『煙草盆』という喫煙具セットが置かれるようになりました。茶道でも、お茶事などでおもてなしの道具として出されます。『煙草でも吸いながら、くつろいでいてください』ということですね」

煙草盆とは、火をつけるための炭を入れる器「火入(ひい)れ」、吸い終わった灰を捨てる筒「灰吹(はいふき)」、煙草を吸うための道具「キセル」、刻み煙草を入れておく器「煙草入れ」のセット

ここで興味深いのが、当時の煙草の吸い方です。

「煙草入れから葉を出してキセルの先端に詰め、火入れで火をつけて3、4回に分けてゆっくり吹かすのが基本。この時間を『一服』と言うようになり、『休憩する』という意味もそこから生まれたようです」

日常の「一服」が人生を豊かにする

日常で「一服」というと、職場でのお茶の時間や、現場仕事の職人たちが煙草と缶コーヒーを片手にひと息つく姿が思い浮かびます。

大工や庭師などの現場仕事では、午前10時と午後3時に、棟梁の「一服しよう」の掛け声で休憩するのが習わしのようです。気を抜けない手作業が続く中、雑談を交えての一服は、ほっと気の休まる大切な時間なのです。

日頃のデスクワークでも「一服」は大切です。

「お茶やコーヒーをいただく、お菓子を分け合う、お香やアロマを焚く、散歩する、音楽を聴くなど、仕事の手を止めてちょっと休憩する『一服』の仕方はいろいろありますね。」

また、株式市場にも「上げ一服」「下げ一服」という言葉があり、急騰や急落の後で動きが一時的に止まることを指します。

「金融用語の『一服』も同じく、流れを一度止めるということ。人の体はもちろんですが、市場という〝集団的な心理〞にも、次の動きに向けて呼吸を整えるひとときが必要なのでしょう」

時間に追われ、効率が求められる日々。いつのまにか「立ち止まる」ことを忘れてしまっている現代人にこそ、「一服」が大切だと宗由さんは話します。

「あわただしい日常からほんの少し離れて、目の前にあるお茶やお菓子をただ楽しむ。そうやって〝いま〞〝ここ〞に集中し、心を整える。そんな『一服』の時間をもつことで、人生の質が高められるのではないでしょうか」

今回のお話しはこのあたりで。さて、お茶をいっぷくいかがですか。

教えてくれた人

嶋吉宗由さん Soyu Shimayoshi

裏千家准教授。大手上場企業・スタートアップ勤務を経て、茶道家として活動。東京・駒込に六義園の緑をのぞむ茶室「叶庵」を開設し、茶道を現代の暮らしやビジネスに活かすアイデアを発信している。
https://kanae-an.com/

ルピシアだより 2021.7 WEB

宝瓶で極上の一服を

片手に収まるほどの小さな宝瓶(ほうひん)と茶杯。濃いめにいれたお茶を、きゅっと一杯いただきながら、掌中の茶器をゆっくりと眺めてみる。
ちょっと贅沢な「一服」の時間はいかがですか。

宝瓶と茶杯で、極上の一服を味わ