浮世絵お茶語り:道具を見ればいれ方がわかる

監修および画像提供/ 入間市博物館

江戸の人々の間で、急速に広がっていった煎茶。浮世絵の中にも、お茶にまつわる道具などが数多く登場します。そして、その道具が、お茶をどのようにいれ、飲んでいたかをひもとく手掛かりになるといいます。

入間市博物館学芸員の梅津あづささんに、解説していただきました。

入間市博物館学芸員 梅津あづささん

急須を火にかける?かけない?

―― 煎茶は、茶葉を入れた急須に湯を注ぎ、少し待ってから茶碗に注ぎますよね。

梅津 はい、私も普段はそうしていますが、江戸時代は主に2通りのいれ方があったんです。一つが「烹茶(ほうちゃ)」で、茶瓶などを火にかけて湯を沸かし、そこに茶葉を入れて、火からおろしてお茶の成分が出るのを待つ方法です。もう一つが「淹茶(えんちゃ)」で、私たちのいれ方と同じ方法です。

―― どちらの方法でいれるかに、決まりはあったのですか。

梅津 当時の煎茶の指南書によると、蒸し製煎茶は烹茶、釜炒り製煎茶は淹茶に向くとされていたようです。

―― 江戸時代は私たちがいうところの煎茶を、麦茶を作るようにして飲んでいたんですね。意外です。

梅津 同じ蒸し製煎茶といっても、現在に至るまでに製法はかなり進化していますから、そこはリアルに比較しないほうがいいと思います。

―― わかりました。では、浮世絵に土瓶などを直接火にかけている様子が描かれていたら烹茶ということでしょうか。

図4「見立三十六句選 秋さく わかな姫」

歌川豊国 三代 安政3年(1856年)

梅津 【図4】の左手に、縦長の土瓶がありますね。この下にあるのは涼炉といって、煎茶道で使うこん炉の一種ですから、これがお茶だとしたら烹茶かな、というように、私たちは考えるんです。あくまでも、浮世絵の中に描かれた情報からの推測ですが……。

―― 女性は、お茶を茶台にのせています。丁寧な所作から、ちょっとハイソな人々なのかなと想像しますが。

梅津 身なりや場面、登場人物の設定なども手がかりになりますね。お茶も良質なものかもしれないな、というように。

――【図5】の女性が持っているのは土瓶ですか?

図5「時世風流姿」

歌川豊国 二代 文政11~天保5年(1828~1834年)頃

梅津 そうです。土瓶から、茶台の上にのせた茶碗にお茶を注ごうという場面ですね。土瓶の底に足が見えることから、土瓶が火にかけられていたことが想像できます。この浮世絵からは足は2つしか見えませんが、おそらく3つあったでしょう。

―― では、このシーンは烹茶と考えるのが自然ですね。

―― 【図6】はどちらでしょう。

図6「二十四好今様美人 うなぎ好」

歌川豊国 三代 文久3年(1863年)

梅津 女性の傍らに長火鉢があり、土瓶と鉄瓶らしいものがのっています。鉄瓶で沸かした湯を茶葉の入った土瓶に注いだと考えると、淹茶になります。この浮世絵の注目ポイントはもう一つあって、右側に大きな筒形の湯飲み茶碗が見えますね。恐らくこの女性専用のものでしょう。この時期には湯飲み茶碗が個人専用の茶道具として定着してきていたのかもしれません。
湯飲み茶碗は、意外と新しい道具なんですよ。

―― 【図7】では、火鉢の上にやかんと急須も見えますね。

図7「兎絵(切られ与三)」

歌川豊国 四代 明治6年(1873年)

梅津 急須は中国の茶器をヒントに宝暦(1751〜64)頃に考案されたといわれています。考案当初は急須で湯を沸かし、その中に茶葉を投じてすぐに火からおろす烹茶スタイルでも使われていたようですが、この浮世絵の急須は染付に見えますし、淹茶が妥当でしょう。

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