特集「茶の本」を読む。

日本の美しい文化を世界へ。岡倉天心が目指したもの。

写真:『THE BOOK OF TEA』 ニ ューヨーク、フォクス・ダフィールド社刊。深いグリーンの布装に金箔文字と空押しの枠取りのみのシンプルで高雅な佇まい。上部には天金がほどこされている。

『茶の本』は、明治時代に思想家・美術運動の指導者として活躍した岡倉天心の著書で、1906(明治39)年にニューヨークで出版されました。原題は『THE BOOK OF TEA 』と、日本語版そのもの。『茶の本』といっても、茶道の手引書ではありません。近代欧米の物質主義的文化に対して〝一杯の茶〞の中に凝集された日本特有の美意識や精神論を見出した、天心流の思想書と言えます。今回の特集では、およそ120年前に欧米でベストセラーとなり、現在では二十数種の言語に翻訳される世界的名著『茶の本』を読み解いていきます。果たして、天心が伝えようとしたメッセージとは。

岡倉天心(覚三)

Okakura Tenshin (Kakuzo)

1863年横浜の貿易商の家に生まれた。本名は「覚三」、『THE BOOK OF TEA』は「OKAKURA-KAKUZO」の名で発刊されている。「天心」という名はペンネームとして1884年4月に新聞記事用に用いたのがはじめとされ、国内では「天心」の名で語られている。

天心の父、覚右衛門が切り盛りしていた商館「石川屋」は当時の外国人居留地にあり、天心は、日常的に外国人が通りを行き来する国際性あふれる環境で育つ。6歳から私塾で英語を学び始め、1877年、わずか14歳で新設されたばかりの東京大学に第一期生として入学。そこでアーネスト・フェノロサ(※)と出会う。フェノロサの助手として、狩野派絵画の研究を手伝い、卒業後は文部省に入省。1889年、東京美術学校(現在の東京藝術大学)を開校。横山大観(よこやまたいかん)や菱田春草(ひしだしゅんそう)らを指導し、近代日本画創造運動を進めた。1904年に渡米後、ボストン美術館で東洋美術部門のポストを得、古美術収集活動などの仕事に従事。その後は、アメリカで亡命者的な生活を送りながら講演や執筆を続け、帰国した際には茨城県五浦の海岸に隠棲。1913年、50歳でその生涯を閉じた。

(※)アーネスト・フェノロサ(1853-1908)
東洋美術史家・哲学者。ハーバード大学で哲学と政治経済を学び1878年に来日。東京大学で哲学、政治学などを講じた。岡倉天心と共に東京美術学校の設立に尽力し、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の風潮の中、数々の文化財を救った。

茨城・五浦海岸を望み、思索の場所として天心自ら設計した「六角堂」。東日本大震災時、津波の直撃で滅失したが2012年に再建された。

『THE BOOK OF TEA』は、今からおよそ120年前に、岡倉天心がアメリカのボストン美術館で行った、東洋文化紹介の講演をもとに、一冊に編纂(へんさん)された本です。

幕末の開港地横浜で生まれ、幼少の頃から英語を学び、その後半生をアメリカ、アジアと飛び回った天心が、欧米に向けて英語で執筆し、発刊したものです。

明治と言えば、文明開化という言葉にも象徴されるように、日本が欧米の文化や技術、制度などを熱心に取り入れようとしていた時代。近代化が進む当時の世界では、生産性や物質的なモノを追い求める傾向がありました。その頃、文部官僚として日本美術の再興に尽力してきた天心ですが、ボストン美術館で東洋美術収集の仕事をするようになってからは、欧米社会にいかにして日本文化の奥深さを伝えるか、衰えかけていた日本の伝統美術を復興再生し革新させるかに力を注ぎました。茶には、日本文化および伝統的な東洋文明の精神が凝縮されていると考えていた天心は『茶の本』を通して、精神的なモノを求める東洋思想の重要性を伝えようとしたのです。

本書では、中国から伝えられたお茶を、その道として高めた日本の「茶道」の素晴らしさを紹介しながら、それが宗教や哲学といった思想から、建築、花、美術品といった芸術にまで及んでいることを、様々な例を挙げながら全七章に分けて紹介しています。読み進む中で特に印象的なのが「自然との共生」というテーマです。天心は、中国の老荘思想(※1)を土台として、人間が自然の一部であると繰り返し説きます。

※1)老子を祖とし、荘子らが継承発展させた思想。人為的な儒学思想を批判し、根源的な自然の道に従う無為自然の生き方を主張した。

「天心の著作には、これからめざしていくべき新しい文明のありかたを垣間見せてくれるようなさまざまな示唆が見出せます。その意味でも、今日天心を知り、天心を読むということは、単に過去の思想を振り返るという以上に、いま現在私たちが置かれている文明状況の意味を理解し、そこから未来の可能性を展望することだと言えるでしょう。
百年以上前に天心が説いた茶の思想の中に、私たちはどんな未来を見出せるのか」

岡倉天心研究の第一人者、大久保喬樹氏(※2)は、自身の著書の中で読者にそう投げかけます。

※2)大久保喬樹(おおくぼたかき、1946- 2020 )
東京大学教養学部教養学科フランス科、同学院比較文学比較文化修士課程を経て、フランス高等師範学校およびパリ第3大学に学ぶ。『岡倉天心 驚異的な光に満ちた空虚』(小沢書店)で第1回和辻哲郎文化賞受賞。訳書に『新訳 茶の本 ビギナーズ 日本の思想』、主な著書に『日本文化論の名著入門』(ともに KADOKAWA)、『日本文化論の系譜『 武士道』から『「甘え」の構造』まで』(中公新書)などがある。


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